≪ 孤樹記 ≫

私にとってとても大切な人や物の短編集です。

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 窓の雪【2001-1-21】

 久しぶりの本州の冬を迎えて、ふと札幌の頃を思う。
滑らない乾いた路面に寂しさを覚えるのは気のせいであろうか。
冬と言えば雪があるものだと、6年間の北国の生活ですっかりと
身についてしまったようだ。

 しかし、このところ私の願いがかなったのか、関東に雪が降り、
街が雪に覆われ札幌にいるかのように思える。懐かしい景色だ。
そして昨晩再び雪が降った。気づいたのは夜になってからだ。

 札幌で暮らした部屋の台所にはすりガラスの窓があり、
街灯に照らし出されたシルエットの雪が降っているのを見て
「今日も降っているなぁ」と思ったものだ。
そんなことを思い出しつつ、何気に今の部屋の同じようについている
台所のすりガラスに目を凝らしてみると黒い影が深々と降っているではないか。
慌てて窓を開け、外を見ると雪明りに照らし出された街の景色が目に飛び込んだ。

 なかなかここに雪が降ることはないが、また窓に雪が降るのが楽しみになった。


 内地の人の渡道記【1998-10-7】

 観光地の施設などでよく見かける『旅の記念帳』が私の部屋にもある。
私が北海道に渡った5年前から私の家に遊びに来てくれた内地の人に
一人1ページのノルマを課して、必ず書いてもらうことにしている。

 自分と同じ理系の人が多いからか抵抗を感じるようであるが、
みんな好き勝手に書いて帰って行く。
中には5回目に達した人もおり、延べで30人を越しノートにも貫禄が出てきた。

 たまに思い出したように手にとって読みふけると、
すっかり長くなった、北海道での生活に積み重なった思い出がよみがえる。
寂しさを感じるときにはちょっと元気が出てくるし、一生の宝物になりつつある。

 北海道に滞在した時間は長いが、私もひとりの「内地の人」として
ここを離れるときが来るのかもしれない。
そのときは、最後の1ページに自分自身の渡道記を書き記そうと考えている。


 伊那のおじいちゃん【1998-7-2 (補)1999-1-27】

 家族の間では長野県伊那市に住んでいたことから、「伊那のおじいちゃん」で通っていた。
私の母方の祖父で、生まれた瞬間から今日までずっとお世話になってきた。
毎年お盆には必ず家族で伊那へ出かけ、夏休みになるとその時をひたすらに楽しみにしていた記憶がある。

 元気に足をつけたような人で、80歳を過ぎても変わることがなく、
私の記憶に残っている一番古いおじいちゃんと比べても、歳をとったという印象がまったくない。
中2の夏に一人で遊びに行ったときのこと、
車で黒部へ向かう途中、前方に黒い排気ガスをあげて走る車に腹を立て、
グッとアクセルを踏んだ姿が今もはっきりと残っている。

 そのおじいちゃんが先月、突然体調を崩し普段は嫌う病院へ行くことに同意し、
その病院の勧めで、大きい病院へ自分で歩いて最後の入院をした。
おじいちゃんは、医者に「今晩か、明日」と言われたその日から8日間生きた。


 先日帰省した折、おじいちゃんの所有していた古いカメラを譲り受けた。
そのカメラは直径20センチほどのお茶の缶にしまわれていて、キヤノンの非常に古いものであった。
どういうものなのか、ぜひとも知りたかったので中古カメラ店で詳しく見てもらうことにした。

 どれくらいの価値があるのかは忘れてはっきりとしないが、
店の人の話は私にとって、とてもありがたいものであった。
本体はしっかりと磨かれ、美しさを十分に保っていて、皮のカバーもいい状態。
そして付属品もすべて揃っていて、生前どのように扱っていたかを
そのカメラが鏡となって映し出しているようだ、と。

 話を聞いたとき、カメラの手入れをするおじいちゃんの姿が目に浮かぶようであり、
それと同時に古いカメラは大切な宝物になった。
ときどき手にとって、おじいちゃんがしていたように手入れをしてみたいと思う。


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