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林基樹が体験した旅を紹介します。

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 サイコロの旅 Part3【2000-11-3】

北海道の深夜番組に影響を受け、さいころの目に委ねられた旅を再び仲間を変えて決行することにしました。
ルールは番組に則って、1〜6の目それぞれに対し、適当な目的地を書いておき、サイコロを振るだけです。
メンバーを変えつつ、私のサイコロ暦は着実に増え続けついに3回目となりました。
今回の同行は、前回から連続のミスターI藤氏と自ら大泉を名乗る私の旅にはお馴染みのS平である。


11月3日(金)AM6:40 <第1の選択・東京>
サイコロ1スーパーあずさ3号 松本
サイコロ2あさま1号 長野
サイコロ3あさひ305号 新潟
サイコロ4つばさ113号 山形
サイコロ5こまち3号 秋田
サイコロ6やまびこ3号+スーパーはつかり75号 青森

今回の日程は3連休をフルに利用し10月に大阪転勤になったミスターを呼びつけ(喜んで来た!)、
JR東日本の「ゴーゴー3DAYSきっぷ」というJR東日本内のほぼすべての列車に乗車可能な、
まさにサイコロのためのような切符を利用しての旅となる。
今までのサイコロの旅よりも贅沢な選択肢が並び楽しくなってきた。
東京駅赤レンガ前でミスターの舞が炸裂し出た目は「1」、唯一の在来線特急の目が出た。
一つだけ発駅が違うこともあり、非難を浴びせつつ連休でごった返す新宿駅へと移動。

指定席は取れなかったものの1時間近く前についたので席も確保し、
紅葉の期待される信州へ。天気も申し分なくついに旅は始まった。


11月3日(金)AM11:00 <第2の選択・松本>
サイコロ1新そば 木曽福島
サイコロ2日本海を満喫 青森
サイコロ3八ヶ岳高原を通って 東京
サイコロ4山が呼んでいる! 白馬
サイコロ5日本海を見る! 新潟
サイコロ6朝からお湯ぽちゃ 諏訪

2の目は乗りっぱなしで深夜に青森到着となる。早くも危険な香りがするが魅力的な目も多い。
大泉S平の出た目は「6」移動も短く時間に縛られないので、松本でのんびり過ごしそばで身を清めて諏訪へ

お湯につかる前にとりあえず次の目を決める。


11月3日(金)PM1:30 <第3の選択・上諏訪>
サイコロ1東京へ戻る
サイコロ2だるまさんがころんだ 高崎
サイコロ3ステーキくらう! 米沢
サイコロ4冷麺であたたまれ! 盛岡
サイコロ5まだまにあう! 新潟
サイコロ6高原のソフトクリーム 清里

比較的移動距離が長いものが多い中でミスターは「6」を振り出す。
しかし、ここまで刻み続けてきたので次は大きいのが出そうな予感。

何はともあれ、温泉につかって風呂上りに地ビールでも飲むことにしよう。
一同には黙ったまま駅の改札を通り、駅のなかの温泉へ。
この存在を知らない2名は唖然とする。


11月3日(金)PM13:10 <第4の選択・清里>
サイコロ1東京へ戻る!
サイコロ2東京へ戻る!
サイコロ3かみのやま温泉♪
サイコロ4牛舌で舌鼓 仙台
サイコロ5きりたんぽ 秋田
サイコロ6別所温泉♪

3、4、5はそのまま宿泊となりそうである。東京へ戻った場合は深夜バスも考えられる。

大泉が出した目は「5」一気に8時間の移動である。
到着時間が遅くなりすぎるためきりたんぽはあきらめ、盛岡で冷麺を食べることとした。

紅葉の美しい小海線を堪能し佐久平から長野新幹線で大宮へ、東北新幹線へ乗り継ぎ、
20時34分盛岡着。今晩の宿を探すが秋田では見つからず手前の大曲にて投宿。
秋田到着は明日の朝となる。

翌朝、混みあう通学の電車で秋田へ。


11月4日(土)AM8:15 <第5の選択・秋田>
サイコロ1ついに北の果てへ 青森
サイコロ2ほっとゆだ♪
サイコロ3だだちゃ豆 鶴岡
サイコロ4東北横断 宮古
サイコロ5ちょっと戻る 仙台
サイコロ6もっと戻る 東京
ミスターがやってくれました、出た目は「6」
東京までの切符を買ったはずなのに、なぜか手にしていたのは仙台までのこまち号。
牛舌が舌の上に感じられる...。


11月4日(土)AM11:00 <第6の選択・仙台>
サイコロ1みんみん 宇都宮
サイコロ2ねばねば 水戸
サイコロ3当たればうまい!? 喜多方
サイコロ4これは押さえたい 米沢
サイコロ5温泉ラリー 鳴子
サイコロ6これは危険だ! 青森
大泉が出した目は「2」最も早く到着できるのは水郡線なるローカル線で、
4時間近い移動となる。それに備え、牛舌で力を蓄えなければ。

案の定、水郡線にやられて夕方にようやく水戸着。
今晩の夜を決める選択肢は以下の通り。


11月4日(土)PM5:00 <第7の選択・水戸>
サイコロ1新潟で一泊
サイコロ2新潟で一泊
サイコロ3山形で一泊
サイコロ4秋田まで一泊
サイコロ5青森まで一泊
サイコロ6酒田まで一泊
危険人物のミスターの順番なので一同不安が隠せない。
不得意の納豆にやられまくっている上に、嫌でも今朝の映像がよみがえる。
しかし、なんと出た目は「1」
その場で予約をし、移動開始。思ったよりも時間がかかり、21時18分新潟着。

夜の新潟に繰り出し、たまたま数年前に来た気がする店で一献。
いよいよ明日は最終日。


11月5日(日)AM8:00 <第8の選択・新潟>
サイコロ1レンタカープラン 山形
サイコロ2レンタカープラン 会津
サイコロ3日本海を見ろ! 鶴岡
サイコロ4きりたんぽリベンジ! 秋田
サイコロ5企画終了!? 東京
サイコロ6企画終了!? 青森
大泉くんは体調不良のため帰りたがっているが、そんなことはおいといて本日の一発目。
一応5枠でごまかしておいて、東北方面に行き先が絞られている。
6の青森、企画終了はまさに終了である。

大泉の目は「2」いい目が出た。
3日連続のローカル線で会津若松へ。紅葉に恵まれあっという間に到着。
レンタカーも無事借りられて猪苗代湖を遠くに見つつ米沢方面へ。
白布温泉で疲れも取り、ドライブを満喫しスタート地点の東京駅へ。
激しく動き回った3日であるが、紅葉がどこも見ごろでいい旅であった。
次回はぜひ深夜バスにも、お世話になって頂きたいものだ。


 サイコロの旅 Part2【2000-8-27】

北海道の深夜番組に影響を受け、さいころの目に委ねられた旅を再び仲間を変えて決行することにしました。
ルールは番組に則って、1〜6の目それぞれに対し、適当な目的地を書いておき、サイコロを振るだけです。
番組のビデオを見せてすっかり道民の心に染まったミスターI藤氏と魔人M尾氏とともに、どんな旅になることやら。


8月27日(日)AM6:10 <第1の選択・八千代緑が丘>
サイコロ1県民として一度は行け!! 銚子
サイコロ2納豆勝負!! 水戸
サイコロ3餃子勝負!! 宇都宮
サイコロ4だるま勝負!! 高崎
サイコロ5ぶどう勝負!! 甲府
サイコロ6温泉&海の幸 熱海

最初の申し合わせで関東の周辺にターゲットを絞り、いずれも関東脱出を狙った行き先となっている。
眠い体を覚ますようにミスターが振ったさいころの目は...

出た目は「4」一気に北関東へ。長野、新潟入りも考えられ、また観光スポットにも欠かない。
最上とも言える目に期待を寄せて移動開始。
夏休み最後の週末ということもあってか、上野まではほぼ立ちっぱなしで先行き不安である。
上野駅の立ち食いそばで腹を満たし、高崎線に乗り換え一路高崎を目指す。
車窓に旅情を感じ始め、9:40高崎到着。
だるまだらけの駅周辺に大いに満足し第二の選択をする。


8月27日(日)AM10:10 <第2の選択・高崎>
サイコロ1新潟県はすぐそこ(10:20発) 水上
サイコロ2関東脱出!(10:14発) 軽井沢
サイコロ3お湯ポチャ♪(10:43発)草津
サイコロ4行き先変更!(11:06発)小山
サイコロ5一気に長野(11:16発)長野
サイコロ6ぐっと戻る(10:30発)大宮

6は最悪。再び都心に戻ることになる。
ほかの目は発展性が大きく魅力的だ。個人的にはお湯ポチャしたい気がするが...

出た目は「6」観光も許されないのか!?

サイコロを振った魔人M尾氏を責めつつ大宮へと戻る。
景色に再びビルが立ち並び、11:39 大宮着。
絶望から回復したい我々の次の選択は以下の通り。


8月27日(日)AM11:50 <第3の選択・大宮>
サイコロ1とりあえず2往復 高崎
サイコロ2どっぷりワイン 勝沼ぶどう郷
サイコロ3観光タイム 日光
サイコロ4京浜東北線完走 大船
サイコロ5東京で振りなおし 東京
サイコロ6企画変更!? 成田

あたりはすっかり昼で、そろそろ休日を楽しみたいが...
しかし、私が与えた選択肢は上の通り観光気分に浸れるのは半分である。
大船と、地元からすぐの成田は遠慮したいところ。

さあ...運命の目は「6」...じゃなくて「1」

一瞬成田の「6」が出たが、私の足にあたり目は再び高崎へ。
不思議と一同の目が喜びに満ちている。

すっかり見慣れた3度目の線路で高崎13:04着。
ここからは観光モードに移行としよう。

8月27日(日)PM13:10 <第4の選択・高崎>
サイコロ1水上温泉
サイコロ2草津温泉
サイコロ3ひんやり軽井沢
サイコロ4レンタカープラン 長野県方面
サイコロ5レンタカープラン 新潟県方面
サイコロ6レンタカープラン 尾瀬

どれも魅力である。

出た目は「4」駅でレンタカーを借り、一路軽井沢を目指す。
運転者は3人で交代し、それぞれがさいころの目の10倍を担当することにし、
運転者以外リラックスしすぎのドライブが開始となる。
目に見えた混雑に巻き込まれることなく、次第に街を離れ美しい山が近づく。
時間もすっかり昼下がりで、峠のドライブインで有名な峠の釜飯や高崎のだるま弁当を賞味。
腹も満たされ碓氷峠の旧道をひたすら登る。迫力のレンガアーチ橋に感動しつつ、
高原の空気を堪能する。軽井沢は人に溢れ雰囲気だけ味わいながら通過。草津方面へ高原のドライブを楽しむ。
涼しい風が気持ちいい。あとは、旅の疲れを草津で流すことにしよう。

レンタカーの営業時間いっぱいいっぱいに使い、高崎に戻った我々はいよいよ最後のサイコロを迎えた。


8月27日(日)PM20:10 <第5の選択・高崎>
サイコロ1たにがわ456号 東京
サイコロ2高崎でくう!(在来線)
サイコロ3東京でくう!(在来線)
サイコロ4だるま勝負!!(車内でだるま弁当)
サイコロ5八千代直行
サイコロ6八千代直行
帰宅方法は「1」青春18切符を使用していた我々は別料金となるが、
一献用の食糧等などを買い込み、さすがに早い新幹線で今日を振り返る。

前半は波乱に満ちたたびであったが、レンタカーで十分に楽しめたこともあり
次回を約束しつつスタート地点へと戻ったのであった。


 時のない時間【1999-7-12】


週末を利用して北海道の羽幌沖に浮かぶ焼尻島に行ってきた。
一周12キロ程度の小さい島で漁業とめん羊が盛んらしいが、
今回の旅では、我々の一行にはそういうことはほとんど関係がない。
島の一部をお借りして、離島での生活を楽しむ予定である。

羽幌港で夜を明かし、始発便の小さいフェリーに揺られる。
海上にうっすらと霧がかかり天候が優れないが、
島影が徐々に見え始め、陽を反射して輝いているのが確認できる。
10時少し前に到着、日差しが眩しい。先発の仲間が迎えてくれる。
さっそく乾杯をし、島での生活が始まる。
服装を薄手のものに替え、日焼けを嫌い時計をはずす。

それからは、特にすることは決まってなく思うが侭に行動した。
時間が自分のペースで流れていくような気さえする。
何度かフェリーが到着し、やがて日が沈み、港に静けさがおりる。
そういった目安だけで時を知って、自ら充実させた一日を終えた。

翌日は、朝の陽射しで目がさめた。
来る時までは朝焼けの写真をとるために早起きしようと考えていたが、
それももうどうでもよい。
港に活気が戻り、はじめのフェリーが着岸すると、
帰る時間が近づいたことを知った。

何の気なしにはずした時計が、忙しく回っていた私の時を止めた。


 紀行文【1998-10-26】

何気なく本棚を整理していたら高校時代に書いた紀行文が出てきた。
春休み明けに1枚余った青春18切符を使って日帰りの旅に出たことを綴ったものだ。
行き先が行き先だけに、ほとんど町を歩いたり人っ子一人いない山奥の駅で降りたり
することはできなかったのであるが、自分にとってかなり新鮮で記憶に残る旅であった。


 新学期が始まって数日しか経っていない4月10日、土曜日(平成5年)一枚残った青春18切符を 片手に、深夜、駅へと自転車を走らせた。すれ違うサラリーマンが不思議そうな顔をして私の方を見て 通りすぎる。眠りに就こうとする茅ヶ崎駅の階段を上り眠そうな駅員に切符を見せる。駅員は判子を取 り出し、この切符の通用期間最後の、『5.4.10』の日付を押した。

 これから乗ろうとするのは、すでにお気付きの方もいると思うが、有名な大垣行きの普通列車である。 (現在は全席指定の快速「ムーンライトながら」になっている)東京からの通勤電車が到着し、金曜日 の通勤者を吐き出して出発していく。0時40分、目的の列車が4分遅れで入ってくる。予想していた ことだが、満員で、立ち客さえいる。一度家に帰って、早朝出直そうかとも考えたが、乗った。デッキ にごみ箱があったので、そこに軽く腰掛けた。立ちっぱなしよりはましだろう。平塚、大磯、二宮と、 停車するごとに通勤客は降りるのだが、やはり席は空かない。小田原からは、快速運転となり、小さめ の駅は止まらなくなる。席は空かない。ごみ箱の上だから寝るにも寝れない。ドアーに寄り掛かって流 れ行く景色を見るのも面白いが、もとよりそんな気力はとっくの昔に消えうせた。沼津から40位のお っさんが乗ってきて、私の座っているごみ箱の片側に座った。二人が座れるだけの長さはあるから、狭 くはない。ところが、何分か経つと、彼は私を背中で押し始めた。後から乗って来たくせに生意気だ、 と思ってこちらも押し返す。すると氏は、諦めたのか、押すのを止めた。暫くするとまた、さっきより も強く押しだした。何をするのだ、このおやじめ!他人の領分を奪うたあ、ふてえやつだ、と私も強く 押す。何回かこんなことを繰り返していたら、頭にきたので、文句を言ってやろうかと思い、おっさん の顔を見てみると、何てことはない、ただ寝ているだけだった。

 茅ケ崎から3時間ごみ箱に座りつづけて、浜松に着いた。ここで36分間停車する。少し歩こうとホ ームに降り、列車の先頭まで歩いて行き、元の所に戻ってくると、件のおっさんがごみ箱を独り占めし ている。長い時間世話になったごみ箱と別れ、他の車両に移ることにする。前寄りの車両のデッキにス ペースを見つけ、用意してきた新聞を敷き、床に座る。浜松からは、再び各駅に止まる。舞阪を出ると 意識が遠のいて、気が付いたら豊橋だった。名古屋の通勤圏に入ったようで、駅ごとに新鮮なサラリー マンを乗せる。土曜日なのに大変なことである。ドアーに寄り掛かって座っていたので、邪魔になるか ら車内の椅子の脇に立つ。名古屋までは1時間である。

 空が白み始め、長い夜が明けた。青空が広がっている。目の前に座っている人が気持ち良さそうに、 口を開けて寝ているのを眺めたりして時間を過ごす。実は、この列車に乗ったのはいいのだが、肝心の 行き先をまったくと言っていいほど決めていない。一日分の切符しか持っていないので、あまり遠くに は行けない。結局、決めないままに時は過ぎ、ビルが増えて、6時8分名古屋着。ここで降りるならば、 三重県の名松線と参宮線の2線がまず念頭に浮かぶ。(当時全国のJR線に乗ってやろうと熱中していた。) 伊勢神宮を参拝するのも良さそうだ。しかし、ここで半分以上の客が降り、席が空くとそんな案はどこ かへ行ってしまった。念願の席に座る。椅子とはこんなに座り心地が良いものだとは、知らなかった。 たちまち眠くなり、目が覚めると、木曽川を渡っていた。真新しい高架橋を上り、新しくなった岐阜駅 に着く。以前から工事をしていたのは知っていたが、知らないうちに完成していた。

 ここで降りて、高山線に乗ろうと思う。地上のホームに停まっているディーゼルカーに乗り換える。 私と同じように、さっきの列車かららしい数人が乗ってくる。6時57分、ゆっくりと岐阜を出発した。 次の長森に停車したのに記憶がないから、すぐに眠ってしまったのだろう。私の意識では、この列車の 終点である美濃太田まで一駅にも停まらなかった。眠い目をこすりつつ隣のホームの高山行きに乗り換 える。空いているボックスを見つけ、座る。ここで弁当を買いたかったのだが、あいにく駅弁売りの姿 はなく、7時47分発車。右の窓には、日本ラインで有名な木曽川の支流、飛騨川の流れが広がってい る。眠い目には勿体無い景色だ。名古屋で降りなくて良かったし、岐阜の手前で起きたのもついている。 中川辺では通勤通学の客で混み合った列車とすれ違う。相変わらず右手には、渓谷がある。線路はそれ にぴったりと寄り添って延びている。上麻生の駅には満開の桜が朝日に輝いていた。白川口を過ぎると、 線路は飛騨川を何度も横切り、いつしか左を流れるようになってしまった。席を移そうかと思案してい ると再び橋を渡る。この辺りで、飛騨川は益田川と名を変える。広かった川幅も徐々に狭くなり、切り 立っているので線路は斜面の緩い側へと繰り返し渡る。下呂に着くと観光客がたくさん乗ってきて静か だった車内が一気に騒がしくなる。今まで一人だった私の席の前にも二人座った。線路と国道41号が 益田川に沿ってくねくねと曲がりながらも確実に高山を目指して延びる。渚という山間に似つかわしく ない小駅を過ぎ、次の久々野で益田川と別れ、トンネルに入る。トンネルを出ると線路は大きく弧を描 き、180度回転して飛騨一ノ宮で、次が高山になる。重力にしたがって坂を降り、高山に着く。次の 高山から先への普通列車は3時間後である。もっとも、今日中に茅ケ崎に帰らなくてはいけない身なの で、その列車を待つわけにはいかない。仕方がないので、富山まで特急を利用する。ひだ1号の到着ま で50分ほど時間があるので、駅の外へと出てみる。すると、どうしたことか雪がちらほらと舞ってい るではないか。さっきまでの太陽は雲の裏に消えている。観光客も、突然の雪に驚いているようである。 茅ケ崎を出てから、今まで一度も駅の構内を出ていなかったので、少し街を歩きたかったのだが、億劫 なので待合室へ引き返した。

 青春18切符では特急に乗ることはできないので、富山までの乗車券と、特急券を購入。弁当を買う と、『駅弁の日、4月10日』と書かれたティッシュのおまけ付だった。時間が来て改札が始まり、重 い腰をあげる。自由席の札が掛かっているところに並ぶと、待つほどもなく長い列車が入ってくる。こ こからは2両のみを残して切り離され、富山を目指す。特急と名乗りながら2両編成とは情けない話し であるが、これで十分足りるのであろう。ドアーが開くと、続々と降りてきて、なかなか乗れない。春 休みが終わったと言うのにこの人出は何なのだろうか。とにかくたくさん降りたおかげで座席確保は問 題なかった。この車両はワイドビューと呼ばれ、その名の通り、窓がやたらとでかい。通路からは一段 高い位置に座席がある。私はおおいに気を良くし弁当を食べながら車窓を満喫した。

 さっきから降り出した雪は強くなり、畑が、うっすらと白くなりつつある。富山県に入り、猪谷に着 く。山間の小さな駅だが、きっちりと停まり、発車間際になって、傘もささずに駆けて来た少女を待っ て、急ぐ様子もなく、また当然のように動き出す。富山平野に下りてくると、にわかに雪はやみ、また 日が差してきた。神通川の鉄橋を渡り、12時22分富山着。今日中に茅ケ崎に帰るためのタイムリミ ットが13時24分だから、それまでゆっくりできる。改札を出て、さて、何をしようかと迷ったが、 ただビルが立ち並ぶだけで、何もできそうにない。私は予定を繰り上げ、1本前の列車で発つことにし た。とりあえず、駅ビルで時間を潰し、12時59分、そそくさと富山を後にしたのだった。

 直江津行きの列車は混んでいた。しかし駅ごとに人が降り、あっという間にがら空きになった。立山 連峰がくっきりと澄み切った空に聳えている。それが後方に去ると、反対側に、今度は日本海が広がる。 富山から30分でこのような景色が広がるとは、羨ましい限りである。親不知で降りようと思っていた のだが、知らないうちに通り過ぎていた。糸魚川で降りる。もうここからは選択の余地がない。

 富山を早めに出発したのでここでは次の大糸線まで1時間ほどある。改札を出て、なんとなく歩き出 す。糸魚川の街を歩くのは初めてである。細い路地を抜け、海岸沿いの大きい通りに出た。道路の海側 はコンクリートの堤防が築かれていて、反対側からでは海が見えない。無気味な地下通路で道路を渡り、 展望台のような物があったので上ってみた。砂浜はなく、テトラポットが沈められていて興ざめだが、 遠くでは波しぶきが高く飛び散っているのが見える。テトラポットが無かったら、この道路に車は走れ ないし、ここに立つことも問題外であろう。駅へ戻るにもまだ早すぎるので、もう少し海岸沿いに歩い てみたが、帰る道が分からなくなると困るので、程々のところで引き返した。

 早めにホームに上がると、すでに次の列車は入線していた。手でドアーを開け、空いている席を見つ け、座る。発車時間が近づくと満席になり、私の前にも二人連れのおばさんグループが座った。なにや らお土産らしき包みとチューリップの鉢と荷物を抱えて4人座れるはずの席も溢れんばかりである。騒 ぎが一段落すると、このディーゼルカーにはトイレがないことに気付き、慌てて私に、
「荷物、見といてくれます?」
と、言って消えてしまった。戻ってくると、一人がまた席を立ち、
「この電車の写真、撮ってくるわね。」
と、言い残して出ていった。忙しいことである。しかし、こういったグループが鉄道に関心を持ってい るのは珍しい。

 15時17分、一両のディーゼルカーは写真を撮っていたおばさんを待って出発した。3つ目の根知 の辺りから、雪が舞い始め、次の小滝では、銀世界になった。線路に積もっていた雪が飛び散って、景 色がうっすらと煙っている。予定外の雪に感激し、眠かった目も冴える。流れていく車窓を堪能してい ると、またお向さんが騒がしくなった。片っ端から荷物を引っ張り出し、なにやら探し物のようである。 県境のトンネルを抜け、長野県に入るとますます雪は深くなる。雪で全面ストップになってしまったら、 どうすることもできない。ひたすら走り続けてくれることを祈りながら白い車窓を見るしかない。さて、 お向かいさんであるが、どうやら松本から乗る予定のあずさ34号の指定券をなくしてしまったらしい。 指定券と言っても特急券代が含まれているからかなりの出費である。通りかかった車掌を掴まえて長い こと、いろいろと聞いていたが、とうとう諦めたようで、今度は私に、
「お兄さんも18切符?」
と、聞いてきた。お向かいさんも青春18切符のようだ。つまり、哀れなことになくしたのは指定券と 特急券だけでなく、さらに乗車券もなくしたのだ。青春18切符を使いつつ、特急に浮気すると、こう いう目に遭った例をいくつか知っている。
「ええ、まあ。」と、適当に返事をし、車窓に目をやる。相変わらず、雪が降りしきる。
「私たちねぇ、切符どこかに置いてきちゃったの。」
「はあ。」
「どこまで行くの?」
「茅ケ崎です。神奈川の。」
「今日中に帰るの?」
「ええ、まあ。」
景色に熱中していたのでこの辺は適当にあしらった。それを察したのか、それ以降自分たちで話すよう になった。列車は、電化区間に入り、すでに白馬を過ぎている。青木湖の周りをぐるっと回って、簗場 に着く。例のおばさん達は結局、特急を諦め、私に、ついて行きたいと言った。断ることもできないし、 私自身、別に構わなかったので、そうすることになった。

 雪はいつのまにか消え、17時25分、終着の信濃大町につく。ここで松本行きの電車に乗り換える。 例のおばさん達は、たくさんの荷物を抱えて大変そうである。列車はがらがらのまま発車し、青空の下 を走る。この二人は私よりも1日早く東京を発ち、同じルートで高山まで行き、1泊して帰るというプ ランとのこと。新幹線を使うような顔ぶれだが、夜行で来たのだから驚きである。どうも不思議だと思 っていたら、一人が鉄道ファンで、もう一人のご主人がJR東日本にお勤めとか。おばさんの鉄道好きと は初めて耳にするが、線路の枕木が欲しいと言っていたから相当なものだ。外では美ヶ原の夕景を最後 に暗くなった。松本で乗り換え、おばさんグループが乗る予定だった、あずさ34号を見送ってからこ ちらも発車。駅弁を食べ終わってしまうと、外は真っ暗だから、することがない。明るかったら山がき れいなのだが…。ひたすら暗い中を走り続けて甲府着。21時を回っているのにホームは人で溢れてい る。しかし、私達より1時間あとに松本を出たあずさ36号が行ってしまうとほとんど人がいなくなっ た。1日の終わりが近い甲府の駅を後にして、再び暗闇を行く。山を下るにつれ、駅の明かりで照らさ れた桜の花がどんどん咲いていく。22時48分、桜の散りかけた八王子に着き、おばさん達との別れ もそこそこに階段を駆け上がる。雑踏に巻き込まれたりでもしたら53分発の横浜線に乗り遅れてしま う。この列車に乗り遅れると、相模線の最終との乗り継ぎが際どい。走ったかいがあって余裕で間に合 い、10分で橋本に着く。いよいよ最後になった。23時19分、橋本を後にし、わずか3分走って、 次の駅に停まる。茅ケ崎行きの最終電車は、今日の終わりを告げるかのように深い静寂に包まれた。


このなかに登場するおばさん方にはその後、
ご主人に新幹線司令室のご招待を受けたり、年賀状のやり取りが続いています。


 船旅【1997-10-27】

日記帳」に書いたオフ会に参加し、フェリーで札幌に戻る予定なのですが、
その日は季節には少々早い冬型の気圧配置でした。

港に着いてみると、いつもは大きくて頼りになるフェリーが岸壁に固定されているのに、
上下に大きくゆれているではないですか。
乗船の時間まで、ゆれる船を前に不安をたっぷり抱えていました。

乗船の時間がきて、乗船口まで進むといつもと状況が違っています。
船の3階に当たるところに徒歩で乗船するための出入り口があり、
そこへフェリーターミナルから渡しがかけられるのですが、
船がゆれるせいで2メートルほど、高さが上下していました。

車両用の出入り口からフェリー会社の車で乗船し、
これは、出港したらとんでもないことになる!ということで、まず...

林風 船旅術@「酔う前に酔え!」
アルコール類を出港前に飲み、船に酔う前に酔ってしまい、揺れの感覚を鈍くする。そして、

林風 船旅術A「元気なうちに食べろ!」
酔って具合が悪くなってしまっては、口に入れることができなくなるし、
また、酔いがなくてもとても食欲がわく状態ではないのは知っているので、
長旅に備え、栄養を貯えておく。

以上のことを滞りなく完了し、出港するまでなんとなく寛いでいたのですが、
それだけでもなんとなく酔いそうな予感がただよってくるほどゆれていたので、思い付きで

林風 船旅術B「風呂に入ればゆれは分からない!」
はず...。と思って、風呂に入ることにしました。
隣り合ってある2槽のうち、お湯が多い方に「なぜ、湯量が違うのかなぁ。」
と思いつつ、風呂にはいってしばらくすると、少しおさまっていたゆれが復活。

すると、たちまちお湯が2槽を行ったり来たり...。
「津波のある風呂」に早変わり。体もお湯の移動に任せていったり来たり...。
ねらいとは大幅にずれてしまって、とっとと寝ることにしました。
教訓、ゆれる船旅は寝るべし。


 サイコロの旅 Part1【1997-9-5】

北海道の深夜番組に影響を受け、さいころの目に委ねられた旅を決行することになりました。
ルールは簡単。1〜6の目それぞれに対し、適当な目的地を書いておき、サイコロを振るだけです。
当然サイコロの出た目に従わなければなりません。
そして、面白味、恐怖心を増長するため、絶対にいやな選択肢を含める事を忘れずに...


9月4日(木)PM10:30 <第1の選択・札幌>
サイコロ1北欧への誘い「オーロラ号」 函館 6:00着
サイコロ2素敵な夢をあなたに「ドリーミント号」 北見 4:55着
サイコロ3星降る夜空が貴方をお出迎え「スターライト号」 釧路 6:00着
サイコロ4漁火の見える町へ「オーシャンドリーム号」 函館 5:30着
サイコロ5夢のような一夜を「ドリーミント号」 網走 6:00着
サイコロ6流星のように燃え尽きろ!!「スターライト号」 音別 5:05着

サブタイトルはなかなか素敵なのだが、与えられた行き先までの交通機関は全て深夜バス...
これを決めたのは、今回の旅には同行しない人なので、容赦の無い内容となっている。

ここでの目は「4」行き先は函館となった。

早速バスターミナルに移動し、チケットを購入...しようとしたが、満席。
もう一つの函館行きの「オーロラ号」も満席、JRの夜行列車も満席、と言うことで特別に振り直し。

新たな目は「2」行き先は北見に変更になった。

到着の時間が早いのが少々気になるが、仕方が無い。
席も空いていて、発車の時間を待つだけとなった。

なかなか快適な夜を過ごし(うそ)、早朝4:45北見到着。
とりあえず、開いているコンビニを探し、軽い朝食。
駅で第2の選択を考える。ここからはJR普通列車中心の移動とする。


9月5日(金)AM5:30 <第2の選択・北見>
サイコロ1刑務所が待っている(6:51発)網走。 8:04着
サイコロ2赤字解消に一役かおう(ふるさと銀河線 6:03発)池田。 8:48着
サイコロ3幣舞橋を見よう(6:51発)釧路。 13:00着
サイコロ4ゆっくり行こう(6:51発)美幌。 7:31着
サイコロ5恐怖の3時間待ち(8:54発)上川。 11:14着
サイコロ6君はこの字がすぐ書けるか?(7:41発)留辺蘂。 8:11着

5、6は今来た方向に戻る目なので避けたい所。できれば網走方面に進みたい。
しかも、発車までの待ち時間が気になる...

出た目は「3」移動距離は長いが、途中網走で接続の時間が2時間あるのでそれほど苦ではないはずだ。

通学の高校生とともに、北見を出発、一路網走を目指す。
すばらしい天候に恵まれ、サイコロ運にも恵まれることをただ祈る。

網走では刑務所を往復し、観光シーズンは終わったはずなのに満席で釧路行きの快速「しれとこ」は出発。
斜里までは、海岸線に近い所を走る。オホーツク海を挟んで知床連山を望む。
ここから見たのは初めてで、よほどの天候だったのだろう。
斜里からは、深夜バスの疲れが出てしばらく昼寝...
目が覚めると釧路湿原の中を快走中。汽車旅ならではのシチュエーションだ。

予定より若干遅れて13:05 釧路着。
列車の中で考えた次の選択は以下の通り。


9月5日(金)PM13:10 <第3の選択・釧路>
サイコロ1一気に(13:16発)帯広。 16:57着
サイコロ2余裕を持って(15:02発)帯広。 18:07着
サイコロ3北海道を体感(13:45発)釧路湿原。 14:06着
サイコロ4ここまできたら最東端(14:14発)根室。 16:33着
サイコロ5カキ三昧(14:14発)厚岸。 15:07着
サイコロ6悪夢の直行 鈍行乗り継ぎ(15:02発)札幌。 23:24着

そろそろ口に何か入れたい時間...。
6の直行は乗り継ぎの時間もほとんど無く、つらい旅になりそう。
1は、釧路をすぐに出発しなくてはならず、昼飯が気になる。
お気に入りの和商市場でどんぶり、と北見から密かに企んでいたが、さあサイコロの目は!?

運命の目は「1」...。

慌てて証拠写真を撮り、弁当を買い込み、再び駅の中に...
同行者一同ショックの色は隠せない。
追い討ちを掛けて、たった1両の車内は高校生で満員。

高校生はしばらくするとほとんど下車して、車内は閑散となった。
釧路で買った「カキ飯」で腹を一応納得させて帯広へ向かう。
このまま、何もできずに札幌へ帰ることになるのか!?
そろそろ、札幌に帰る手段も一行を不安にさせる。


9月5日(金)PM17:00 <第4の選択・帯広>
サイコロ1地獄の深夜バス(17:32発)北見 経由 札幌。 6:00着
サイコロ2過酷の深夜バス(20:42発)音別 経由 札幌。 6:00着
サイコロ3鈍行乗り継ぎ(18:13発)滝川 経由 札幌。 23:24着
サイコロ4鈍行乗り継ぎ(18:13発)石勝線 経由 札幌。 21:30着
サイコロ5深夜の鈍特急・おおぞら14号(1:21発)札幌。 5:50着
サイコロ6夢の超特急・スーパーおおぞら12号(19:56発)札幌。 22:15着

とにかく1だけは勘弁!
すぐに出発し、またまた深夜バス、そして一番費用がかかる...
できればその日のうちに札幌に戻りたい所。

最後の運命は「6」!! ちょっとした贅沢だが、まさに夢のよう。

出発まで充分時間があるので、帯広の夜を満喫することに決定。
とりあえず、暖かい夕飯を食べ、特別企画のサイコロを振って、
十勝地ビールの店へ。
全員機嫌を取り戻し、快適な特急で一路札幌へ。

その場まかせの旅にゲーム色を取り入れた今回の企画は、
とりあえず成功(?)と言うことで、次回も乞うご期待!!


 旅思考【1997-4-29】

私が旅に出ると決めたときに目的は存在しない。
「札幌で雪祭りをしているから北海道に行こう!」のように、
目的が先に起って、行き先が決まる事はほとんどない。

日常の生活の中で、ある時にふと
「どこかへ行くかな。」と思い付くのである。
行先や、天候、季節などはあまり気にしない。
どこかへ行ければそれでいいのである。

出かける事が決まったら、次に考える事は戻って来なくてはいけない時間。
それさえも無視して気ままに旅に出れたら幸せだが、残念ながらそれは立場上、
許されない問題なので考えざるを得ない。

次に財布と相談をしてだいたいの行先が決まるのである。
ところで、この「だいたい」という言葉が私の旅で重要な点である。
「摩周湖へ行って、次に知床・・・」などと細かく決めるのを嫌う。
行先は、結果でしか知る事ができない。
だから私に「今度はどこへ行くの?」と聞いても、
「○○のへ。」としか答えられない。

結果的に、自転車で市内を徘徊する事になるかもしれないが、
それはそれで自分にとって旅である事に変わりはない。

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